ホスピス



 今から20年と少し前だった思う。先輩と自分がお世話になった方が癌になった。

 当時はまだ今ほど癌の治療が進んでいなかった。その方は最終的にホスピスに入り、自身の残された生命と今までのご自身の人生と向き合う事を決めた。

「いや〜、潔いもんだね。」

深大寺にある行きつけの甘味処に入り、先輩は突然こう漏らした。

 「今まで見てきた人ってさ…」

 先輩は餡蜜をひと口食べてスプーンを置く。

 「癌になると、その人の本当の部分が見えるよな。」

 「生きる事に執着する。それはそうだろうよ?けどな、結果、家族や周りを振り回してシッチャカメッチャカにする人、多いだろ?」
 「反対にあの人の様に自ら現実を受け入れて、残された時間と向き合いながら今までの人生を振り返るひと。」

 「こうも人間、違うもんかね?と言うくらい違うもんだ。」

 話しを止め、こちらを見つめる。

 「人間、本当の勝負はダメの烙印を押されてからなんだよ。」

 店はいつもの流れで珈琲屋の深山に移る。



 「大体のひとはダメの烙印を押されるとジタバタして、かえって事態を悪くするんだよ。」
 「けどな?アタマのよい人はそこで人生の損切りをするんだよ。」

 「それは偶然だったけど、俺が自分の会社の倒産で学んだ事なんだ。」

 先輩は90年代、子会社として私の会社を作ってくれた。しかし92年いっぱいでその事業が終わり、その後は自分の適当な仕事に使ったり使わなかったりだった。

 先輩は宝飾の製造業だった。
バブル崩壊後、日本の宝飾業界は塗炭の苦しみに苛まれていた。まず一番大きかったのは北海道の拓銀の破綻だった。こう言うと「なぜ?」と思うと思う。

 銀座に「マキ」と言う巨大宝飾店があった。実は日本の宝飾業界のかなりのシェアを持っていた。先輩の会社は三菱商事の子会社を通じ、このマキに相当量、卸していた。しかも運悪く、その会社はマキが破綻する三年前に三菱商事から独立していた。もしあのまま子会社であったら、何かの救済措置は取られたかもしれない。しかし後の祭り。

 そして先輩の会社も連鎖を防ぎ切れず倒産した。しかし先輩の会社だけは倒産の翌日から再稼働した。

 以前作った自分の会社を先輩に差し戻した。それによってすぐに事業再開した。当時、一台6000万円を超える切削機械のリース会社が来社。「こう言う事態になりましたが、処理はこちらでしますから、そのまま使っていてください」と言う奇跡の様な展開だった。

 先輩はその後、韓国の宝飾業界のトップであるK社から声を掛けられて技術指導をした。K社は中国のあの宝飾業界の巨人、周大福の多くを作っている製造工場であり、いまでもK社のカタログを見ると最後のページに先輩の会社から技術指導を受け、認定された会社である、と言う事が記されたページがある。

 話しを戻す

 先輩は自身の苦い経験から「ジタバタしないこと」を学んだという。自分自身のメンターでもあったわけで、その後、自分もその考えに倣った。だから維新の横暴な行動も「好きにやらせとけ」と言うのもそれ。〝理に適わない行動は勝手に破綻する〟と言う理に基づいたもの。



 ビッグモーターの問題と万博、IRの問題は非常に類似性を持っている。

 本来、自動車の修理工場と保険会社と言うのは同舟でありながらもカウンターである。それがその〝本来あるべきカウンター〟としての立ち位置を忘れたら、今回の様な事は充分に起こり得る話し。

「それはそれ、これはこれ」

 と言う判断が出来なくなる。

 昨日の新社長の会見を見て、これからスッキリ再生すると見える人はごく少数だったのではないか?と思えた。むしろ泥沼に向けてのゴングが鳴った様に思える。またこのビッグモーターと維新の行政手法は驚くほど似通っている。そう感じた人も多かったのではないか?と思える。

 それにしても「皆、動き方を知らないなぁ」と思う。これはカウンターであるメディアも、である。

 この問題はマガジンXの神領社長が一年も前から自分の足で、自腹で財布を開いて取材していた。そしてようやく陽の目を浴びた。各メディアは社長にDMを送って「取材させてくれ」では無く、それまでの非礼をまず詫びて然るべき役の方とマガジンXの編集部へ行き、それから次のステップを歩むべきだ。それをやっているメディアは一つもなさそうだ。



 これをメディアの劣化と見るべきか、今回のビッグモーターや万博の様に〝人間の劣化から来る行動様式〟なのかは別の検証を要するが、どっちにしてもお粗末である。

 オツムの良い人ならこの際はホスピスに入るが如く、会社の解散や譲渡を含めて精算方向に入るべき局面である。しかし己の保身の為にそれはしないだろう。

 パッと数えただけでも片手をゆうに超える犯罪の数々である。多くの逮捕者、それも上司の命令で好きなクルマへの愛情と葛藤しながらやってしまった社員の涙はこれから前科と言う名に置き換わる。

 ホスピスに行かず、ジタバタとオカルト医療や延命を繰り返す、癌患者と変わらない様相となるだろう。

 もう一度言うが「損切り」は再生のチャンスはある。しかしオカルト延命治療は犠牲者を増やし、多くの巻き込み被害者を誘発し、さらに事態は悪くなる。

 こう言う時の「解決屋さん」でも開業しようかしら?(^_-)


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