ようやくリセットされた案件




 その話しは昨年の秋口に来ていた。
「マカオに進出する会社のサポートをお願いしたい」と、言うものだった。
ウチの会社の長年のスポンサーさんのお客さんという事で、「そりゃちゃんと対応しないとダメだよね!」と言う意識で初めての会議に参加したのが、昨年の暮れだった。

 しかし悪い予感の最初はその1回目のMTGに明らかに滲み出ていた。
Kと言う人物。
米国に住む香港人との触れ込みだったが、どうも言っている事が一致しない。家内もこれはおかしい、と感じた様だった。

 逆にウチが何が出来るのか?どの様な事業をやっているのかを尋ねられたので、資料を持って臨んだ。当然地元IRとの十年を超えるサポートや業務請負いした成果物を見せた。
社長は驚いていた。
「え?こう言う繋がり方があるの?」
と言った。

 場所はMGMのカフェ。
自分は「今のうちへの決済者はここ(MGM)のCEO(パンシー氏)ですよ」と伝えた。その瞬間、Kの顔が曇ったのを見逃さなかった。
「何か隠しているよね?」
MTGが終わったあと、家内と話しながら帰った。

 2024年1月。
第二回目のMTG。
社長が舞い上がっていた。
秘書に「資料見せてあげて」と指示。
その資料を簡単に見たが閉じた。
「これは嘘だな」

 社長は完全に騙されていた。
「政府主体でイベントやる事になり、その中に組み込まれた。予算は全部、政府とIRが出す。うちは一円も掛からずにやれる。」等など…

 100%嘘だと確信した。
なぜなら、そのスタートは、その日から数えて20数日後。
政府イベントは基本、半年前からスタートする。
1月に決まって2月にスタートするなんてあり得ない。
「これは不味いことになる」
紹介者にも連絡して伝えた。
 紹介者は
「これは不味いですね」
彼も香港に何十年と居を構え、家族もいて仕事をしているから、すぐに気がついた。

 「既に会社も作りました」
社長が言い出した。
これも悪い予感。
 ちなみにウチも新会社を登記するが二月に登記申請を出して四月の後半と言われている。
あり得ないスピードだ。

 案の定だった。
〝一人有限公司〟
マカオ独自の法人形態だが、よく八百屋などに使う会社。
日本だとみなし法人に近い。
まして社長は居留権が無い。
 一人有限公司は法人口座が持てるが、カードが無い。基本、窓口業務。今はネットも可能だが、何せカードが無いと不便。

 マカオは居留権が無いとキャッシュカードが出来ない。
自分もBNU(個人の生活用)や澳門国際銀行(子供の学費関係用)と二つ持っているが、これがないと通帳もATMの引き出しも出来ない。
 全部が悪い方向に言っているのは手にとって分かったが、社長は聞く耳を持っていない。
誰の主導か見て取れる。
「どこかで釘を刺さないとえらい事になるぞ」

 秘書が出してきた従業員の募集要項。
明らかにKの入れ知恵が見てとれた。
家内は内容を見て十数項目ある条件の大半に赤を入れた。
「労働裁判で訴えられますよ」
と伝えた。
社長も秘書も引き攣った顔をした。
Kはこちらを睨みつけている。

 過去、日本で大きくチェーン展開をしている会社を預かった。
その時に労働裁判を起こされた。
運営者の代理として被告席に立った経験とその時の事例を挙げた。
それはこの時、家内が〝赤入れ〟した内容だった。
明らかにKはそれをきっかけに我々を避け始めた。

 オープン前日。
何かしっくりこないまま準備を迎えた。
すると会場の隅で怒鳴り声が聞こえてきた。
日本からの事業参加者がKに対して怒鳴っていた。
Kも言い返していた。
しかしその言い返す言葉を聞いてこう思った。
「へ!勝手に言ってろ!」

 社長は狼狽していた。
そしてIR側の不備を愚痴っていた。
その愚痴る内容を聞いてこう思った。
「IRから言わせたら逆だよ、多分」

 しかしそうも言ってられない。
スタッフ数十名。
オープニングの予定表を見ると政府のトップ、IRのトップと演目は目白押し。
 家内も慌ててる。
スタッフMTGで「ここどーする?あれどーする?」とオタオタしていた。
自分は言った。
「これら来賓?来ねーよ」と笑いながら言った。

 しかし東京の本社から来た人はそれに同意してくれた。
「やっぱそうですよね!」
「あ、分かっていました?」
「はい、急にこんなのおかしいと思います」
利口な人はどこでもお利口。

 結果、VIPは来なかった。
そりゃそうでしょう。
 来たのはIRの代表のみ。
それは日本の自治体の人が来ていると知って来ただけ。
つまりイベントは無視された。
自分の感想。
「そりゃそうでしょう」

 「すみません」
社長に呼び止められた。
「3/21から次のイベントが始まります。それについてお願いします」
「はい、分かりました」
 しかしまさか、これが自分に降って掛かるとは思わなかった。
大体、来月の事。
少なくとも半年前だろ?と訝った。

 IRもこっちに触れない。
こっちは思っていた内容と大きく異なる。
もちろん自分は予想通り。
しかし救済を求められない限り、口出しはしないと決めていた。

 しかしいよいよ黙ってられなくなったのがアイドルの公演の中止。
VISAが取れないと。
たった二日の公演ならVISAは要らない。
 今までもウルトラマンや多くのイベントをサポートしてきて、キッチリとやってきた。そんな話しは聞いた事が無い。
「こりゃ始まったな」
ゴングが聞こえた。

 社長から電話。
「大変な事になりました。3/21から件、VISAが出なく中止になると。しかし商品は出航してしまいました」
「VISA?要らないっすよ?どこのVISA?」
 知っててわざと言った。
「いや要ります。Kが動いてもダメでした。Kが動いてダメなら…なんとかなりませんか?」
「K?あー、あのC国の人ね?」
と、とぼけた。
「あの人、全然分かってないし嘘ばっかですからね」
「え?どう言う事ですか?」
 あのオープニングのいくつかの出来事の理由を言った。
社長は「え?それで来賓が来なかったんですか?」
「まぁそう言う事ですね。いやお気になさらず。私どもは最初から分かっていましたが、多分言っても聞かないと思って敢えて黙っていました」
「じゃあこの先、どうなるんでしょうか?」
「少しずつ、あれが出来ない、これが出来ないと始まりますよ」
「VISAの件、真偽が知りたいです」
「でしたら労働局と入管にレターを書いてその回答をお見せします」
来た回答を見せたらようやく目が覚めた様だった。
「騙されてた???」

 スタッフの雇用保険の加入が必要なので、IRとの契約書を要求した。
なかなか出してこない。
 東京の社員さんがキレていい加減にしろ!とKに伝えてようやく出てきた。
倒れた。

 主催のはずのKの会社は出てこない。
IRは旅行社と契約してる。
600室オーバーの部屋を使う契約。
その一環で、会場使用を許可されてる。
これだけの内容だった。
 流石にこれは不味いと感じ、
「IRと政府の担当者の連絡先を教えてください」
すぐに教えてくれたので、速攻で連絡した。

 イベントとして告知されている。
しかしこれだと当初の話しを信じている社長たちは、この先に来る千万単位のツケ払いを払わざるを得なくなる。
そして発表されたイベントは日を追う毎に適当な理由をつけて中止に追い込まれる。
しかも日本の自治体の挨拶まで予定されている。
しかも伝統と格式のあの地域だ。
これは不味い事になった、もっと早く口を出すべきだった、と後悔した。

 一方のイベントの担当セクション以外では既に問題が噴出していた。
自分が探されていた。
話し合いをしましょうとなり、会議の場を持った。
するとコチラより一足早く噴火していた。
それも自治体絡みで数百万円の個人立て替え。
Kに言っても逃げるだけ。
自分の担当セクションで何が起こっているかを説明した。
そして全体の契約書を見せた。
その担当者は「これはもう詐欺ですね」となった。
このC国人の狙いは何なのか?さっぱり見えなかった。

 IRから連絡。
話がしたい、と。社長が連絡したらしい。
テーブルについた。
 IRとしては一度発表したものは、開催して欲しい、と。
そりゃそうだ。
そして政府からも連絡。
一回、事情を聞きたい、と。

 これで全てが明らかになった。
政府もIRも救済案を出してくれた。
しかしもう一回リセットしなければ、参加者が納得しないレベルまで来ていた。

 先週末、政府の旅遊局副長官と23時過ぎまで話し合った。
流石に無理がある。
 あなた達は今後、我々に合流できるか?と聞いてきた。
出来ると回答し、今回の着地点を探す事になった。

 事実が分かり困り果てた社長から電話。
三時まで話した。
自分が言うのはこれしかない。
「12月の段階で言いましたよね?気をつけてくださいよ、そんなポンポン簡単に行く地域じゃ無いですよ、と。」

後悔先に立たず。

 なんだかんだでこの国に作った会社は14年目に入った。
一昨年、法人に対して支払われたコロナの給付金があった。
20数万MOP(約400万円)が払われた。
その計算式は政府が財政調査で確認した過去五年間の平均利益の10%だと言う。
それを聞いて
「へー、知らない間に会社、そうなってたんだね」とほぼ人ごと。
お金はノータッチなので。
資本金はまだ交際中だった家内に借りた日本円にして20万円が元手(笑)

 何千万円、何億持って来た人が溶かして無くなり撤退したのを山の様に見ている。だからウチのお客さんだけは絶対にそうさせないと決めている。
そしてまた目の前の人が同じ状況に陥ってる。

「何とかしてください」

 そう言われてもねぇ。
一旦、案件を預かった。
もう1チームの方から、この案件はこうなったのですが継続したいので入っていただけないか?とのオファーだったので快諾した。

 昨日、社長から電話。
別の方に変わった。
日本で有名な、その業界トップのイベントを運営されている方で、流石に名前は知っている。
その方から「発展的延期で纏めてもらえないか?」と言われた。

 全身が痺れた。
本当に痺れがきた。
おそらくかなり緊張していたんだと思う。
その緊張が解けた事からくる痺れだったと思う。

 とにかくリセットされた。
それが何よりだった。
あとは4/1にオープン予定の常設店だけの事に集中すれば良い。

 一方で自分のレースの件に取り組む時間を失った。
失ったけど、ドライバー君も変な中東風邪に罹ったらしく、まぁちょうど良かった?(笑)
 童夢の社長には本当に申し訳なかった。
しかしここでは一回、この流れを解決するしか今後を生き抜く方法が無かった。

ここから挽回すれば良い。
単純にそれだけ。

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