ボルボ 全EV化断念発表の衝撃

スウェーデンの港湾都市イェーテボリにあるボルボカーズの本社。かつて貿易港として栄えた町でSKFハッセルブラッドエリクソン等の会社の拠点がある。


ボルボカーズ自らが掲げていた「2030年までに全車EVへの移行」を断念するニュースが世界中を駆け巡った。


これは既に同様の発表を行ったメルセデスベンツに次ぐもので、ボルボカーズの背景を知っている人にとっては、いよいよ中国の描いた未来が現実のそれとは大いに異なっているものである事が判明し、それを認識し、それがより鮮明となったのであろうと感じたと思う。

ボルボカーズは2021年に中国の吉利汽車の親会社である浙江吉利控股集団(以下、吉利)へ株式を売却。
しかしこれには中国に於いての外国の自動車メーカーに対する合弁規制の緩和が2022年で完了と言うのが先に決まっていた為、この法改正を軸に株式取得のスケジュールを2段階に分けて計画され、2022年から株式の取得を始じめ、2023年までに完了させる事としていた。

ところでこの吉利。
一部には習近平国家主席と親しいとされているが、実際は親しいレベルを超えていて、事実上オーナーの妻が習近平の兄妹である。
それ故にメリットとしては比較的、スムーズに事が進んでいる様にも思え、ボルボカーズもEV化への移行を成功させられるものと思われていた。

事実、ボルボは自社が持つハイエンドブランドである【Polestar】を、トヨタにとってのLEXUS、シトロエンにとってのDSのようなプレミアムブランドとして独立させ、こちらはボルボ本体より一歩早く全面EV化を果たしていた。

ボルボカーズから独立したハイエンドブランドPolestarがリリースするPolestar 4


しかし今回のEV化への全面移行断念の裏にはこんな事もあった事は事実。

2023年、予定通り吉利がボルボの82%を株式を取得して順風満帆かと思われた矢先の同年11月、突然株式の10%を売却。これによりそれまでの82%から78.7%へと低下。ここで気になったのはその売却理由。
「傘下にある他のブランドの向上の為」
と言い出した。
わずか500億円程度の話である。

吉利の傘下のブランドはメルセデスベンツ、マレーシアのプロトンに韓国のルノーである。果たして吉利が新たな資金を投入してまでこれらのブランドの向上の為に資金を必要としていたのか?正直、この公式発表はそのまま鵜呑みにはできなかった。

そして年が明けた2024年の春先。
今度は保有していたボルボトラックの株を突然売却。これによってさらに約2,000億円を調達した。

流石にここまでくると、バカでも気が付く。
「そもそも吉利自体、カネが枯渇していないか?」

吉利は自社が直接コントロールできる新ブランドとして2016年にLynk & Coを設立している。これは吉利とボルボが共同出資するメーカーで中国色を消し、あくまでも欧州の薫りを漂わせる戦略だった。

このLynk & Coは中国のツーリングカー選手権【CTCC】にワークスエントリーしており、実はそこのドライバーやメカニック達がかつて自分が面倒を見た連中である事から、良いも悪いも情報は常に入っていた。

CTCC(TCR China)に参戦するLynk & Coワークスチーム。このドライバージャン・シージャンは彼が中学生の頃から面倒見ていたドライバー。


レースをやっていれば、親会社の景気なんぞ、手にとる様に分かる。
減らされる予算や、ドライバーのサラリーの減俸を聞いていれば、それは「上手くいっていないな」と誰しもが感じるはずだ。

さて今回、ボルボのこの発表は他メーカーへも大きな影響を及ぼす事は必須だ。
例えば同じ吉利の傘下にあるロータスカーズ。
先頃発表させた「ロータス最後のガソリン車」とまで銘打ってデビューさせたエミーラ。

ロータス最後のガソリンエンジン車を強調して登場したロータス・エミーラ

このエミーラの次に発表されたロータス初のRV車であるロータス・エレトレ。ロータスの母国である英国の意向というよりは、親会社である吉利の本拠地である中国の動向を睨んだ戦略であった事は明らかだろう。
クルマの開発は最低でも4-5年は掛かる。EVはそれより短いとは言え、その計画が立案された時と、開発を経て登場した今とではあまりに時代が違ったと言う事になってしまわないか?

ロータス初のRV LOTUS Eletre   完全な電気自動車

一方でVWの様に本国ドイツの工場を閉鎖してEVへのシフト、それは暗に中国への移転を仄めかすものだが、そこを選択する奇特なメーカーもあるにはあるが、それはもう完全に市場を読み違えていると言えるだろう。

さてそこで、である。
欧州がベンチマークとしていた2030年。
今から数えて6年後の話である。

メルセデスにしてもボルボにしても、なぜこのタイミングで?と言うのがあるが、自動車メーカーにとってこの6年と言うのはまさにギリギリのタイミング。6年と言う歳月は、自動車メーカーにとって次のモデルを開発する最短期間がちょうどこの六年である。むしろ遅いくらいのタイミングである。
つまり「いま」と言うこの時期を外すと2030年には〝次に売るクルマが無い〟と言う状況が待っている。

この時期を見据えた時、
「どうもEVの時代にはなっていない」
「インフラが整わない」
「その時代の最適な環境に適していない」
と言う答えを弾き出したのだろうと思う。

いつも例に出して申し訳ないが、過去に書いたこの記事。
     

中国はいまこの大躍進時代、そう【21世紀の大躍進時代】にある。
あの時は鉄を量産して欧米を追い越すと目標を立てて実行した。
そして大不況の原因を作り7,000万人近い人が飢え死にしたとされる。
その失敗から目を逸らす為に、文革が始まった。

今はEVで世界を席巻すると考えて行動に移した。
一時は欧米のメーカーも乗ってきた。
しかしあまりにもその考えは安直すぎた。

欧米のメーカーが乗ってしまった一因はトヨタにもある。
もちろん歴史を変える技術ではあるが、ハイブリッドに関し、あまりにも多くの特許を取った。結果、他のメーカーは「俺たちの出来る事はハイブリッドには無いな」と考えた。
タイミング良く中国とウォール街がSDGsを提唱し、EV推進の機運が生まれてしまった。

そう言う背景がある訳で、トヨタは水素を目標に掲げている訳なので、もう少し他社がハイブリッドを安価に使える様にしてあげてほしいとは思う。
もはやトヨタは日本の1メーカーではなく、世界のリーディングカンパニーなのだから。

とは言え、ホンダや日産はこの道を行くと動き始めた訳で、この辺りどうなんだろうとは思うが、欧米はこれから多くの舵切りをして路線変更が相次ぐだろう。

ボルボとメルセデス。
欧州のメーカーの中で、もっとも中国に近い、或いは中国そのものと言っても良い立ち位置にいたメーカーのこの動きを見て、機敏な判断をしてほしいと思う。
なぜなら北京に一番太く繋がっているのだから。

VW?
所詮は中南海では無く、上海汽車マターである事が彼らの商売上の強みでもあり、政治的な弱みでもある。どうしたって市場を読み切る力は一段落ちる。

デアゴスティーニ